残業代請求権の消滅時効5年に延長。改正内容や対応策を社労士が解説
- 2021.11.30 コラム
山梨を中心に、企業の労務管理を支える社会保険労務士法人中込労務管理です。今回は、従業員から未払い残業代請求を受けた場合のリスクや対策法、請求を受けないための予防策などを解説します。
民法改正によって、未払い残業代請求権の消滅時効がこれまでの2年から3年へ、そしてゆくゆくは5年に延長される見通しです。
従業員が未払い残業代を企業側に求める訴訟は、近年増加傾向にあります。企業を守るためにも、民法の改正や、残業に対する正しい知識をつけおくことは非常に大切です。不安がある方は、この記事の内容を参考にしながら、会社経営や制度の見直しを検討してみてください。
目次
残業代請求権の消滅時効とは?
残業とは法定時間外労働のことで、1日8時間、週に40時間を超えた分の労働時間のこと。残業代として、1.25倍以上の増倍率が適応された賃金が支払われなければならないと労働基準法で定められています。
労働時間分の残業代が支払われなかった場合、労働者は未払い分の残業代を請求することができます。これが従業員の「残業代請求権」です。残業代請求権の消滅時効とは、一定期間権利を使用しなかった場合に、残業代を請求する権利が消滅することを言います。
時効の期間が民法改正により5年に延長される
民法の改正により、残業代請求権の消滅時効期間が変更になっています。民法改正以前の残業代請求権の消滅時効期間と、民法改正後の時効期間について見ていきましょう。
これまでの残業代請求権の消滅期間は2年だった
残業代請求権の時効期間は、民法と労働基準法によって定められています。2020年4月以前の残業代請求権の時効期間は、労働基準法により2年と定められていました。(時効期間は、その残業代が支払われるべき給料日の翌日を起算日として計算されます。)
もともと民法で、一般的な債権の時効期間は10年と定めていましたが、労働賃金の時効は1年とされていました。しかしこれでは短すぎるため、労働基準法で2年に延長していたのです。
民法改正後は「経過措置」として3年へ
しかし、2020年に行われた120年ぶりの民法改正により、全ての債権の時効期間が5年と定められました。これにより、労働基準法で定められている2年の時効期間の方が短くなり、労働者を守るための労働基準法が労働者の権利を制限してしまう、逆転の現象が生じてしまったのです。
労働者側は時効期間を5年に延長するよう求めました。しかし期間が伸びることで企業の負担が大きくなることから、企業側が反発。折衷案として、当面の間は残業代の時効消滅期間を3年に定めるという「経過措置」をとることとなりました。
3年の時効期間が適用となるのは、2020年4月1日以降に発生した賃金からです。2020年4月1日以前に発生した賃金に関しては、2年の時効期間が適用となります。
今後残業代請求権の消滅期間は5年に延長される可能性も
現在の3年間の時効期間は暫定的な措置といえるので、今後5年に変わる可能性が十分に考えられます。企業側は、先を見据えた対策を今から行っておくことが非常に重要です。
残業代の未払いに対するリスク
残業代の未払いを続けたり放置したりすることで、様々なリスクが生じます。昨今では、誰でもネットを通じて情報が得られるので、従業員が残業代請求を行うハードルも下がっています。具体的にどのようなリスクがあるのか、確認しておきましょう。
労働基準監督署や弁護士の対応に追われる
従業員が未払いの残業代を請求する場合、以下のような行動を起こすケースがあります。
・労働基準監督署に駆け込むケース
・弁護士に相談するケース
どちらのケースであっても、企業側は対応が求められます。労働基準監督署や弁護士とのやりとりは、時間が必要で本業に集中しにくくなるだけでなく、経営者の精神的負担も大きくなります。
裁判を起こされることがある
従業員から労働裁判を起こされる可能性があります。裁判に向けて短期間で準備を強いられる上に、裁判が長引くほど遅延損害金も多くなるので、企業側の負担も大きくなります。
裁判所は、労働者の声に重きを置いて裁判を進めます。会社側が証拠資料をよほどしっかりと用意しておかない限り、裁判では企業側が敗訴してしまうケースが多いのです。
遅延損害金がかかる
従業員から遅延損害金を請求されるリスクもあります。従業員が在籍している場合には年6%、退職している場合には年14.6%にものぼり、金額が膨大になる可能性があるのです。
付加金がかかる
遅延損害金に加えて付加金がかかる場合も。裁判で会社側が悪質だと判断された場合に、最大で残業代と同じ額までの付加金の支払いを課せられる可能性があります。最大で残業代の倍の額を支払わなければならないというケースもあるので、注意が必要です。
ブラック企業のイメージが広がり好感度がダウンする
残業代に関する訴訟が起きると、世間にそのことが広まり、企業のイメージダウンにつながります。有名企業であれば、テレビやネットニュースなどのメディアで報道される可能性も大いにあり得ます。取引先や顧客への影響はもちろん、今後の人材確保にも支障が出る可能性も考えなければなりません。
また、所轄労働局では、労働基準関係法令違反に係る公表事案を定期的にHPに記載しております。「企業名」「所在地」「違反内容」について誰でも見える状況になっていますので、注意が必要です。
他の従業員からも残業代を請求される可能性がある
ある従業員の未払い残業代の請求が成立すると、これまでは声を上げずに残業に励んでいた他の社員からも同様に、残業代を請求される可能性が高くなります。残業代の未払い請求を行う従業員数が増えるほど、膨大な請求額になってしまい、会社の負担は大きくなります。
経営リスクに直結する
過去の残業代が未払いとしていくら請求されるのか、事前に知るのは難しいことです。退職した従業員から突然手紙が届いたと思ったら、数十万円以上の未払い残業代の請求があった、という事例もあります。
労働局から公表されている「監督指導による賃金不払残業の是正結果」によると、令和2年4月から令和3年3月までの間に支払われた割増賃金合計額は、69億8,614万円。支払われた割増賃金の平均額は、1企業当たり658万円、労働者1人当たり11万円という結果になっており、大きな経営リスクになり得るのではないでしょうか。これは労働基準監督署が監督・指導した企業のみの数ですので、弁護士への相談なども踏まえると更に企業数・金額は多いものと考えられます。
未払い残業代の請求が、経営に悪影響を及ぼす可能性は十二分にあります。問題が発生しないように、きちんと労務管理を進めておきましょう。
企業が未払い残業代を請求されたときに確認すべきポイント
従業員から残業代請求を受けたとき、会社として確認すべきポイントが4つあります。企業側の反論として主張できる点について解説していきますので、確認しておきましょう。
1.残業代請求の時効期間が成立している
従業員が、時効成立の期間以上に遡って請求している可能性もあります。従業員から未払い残業代を請求されたら、まずは残業代請求権の時効期間はいつからなのかを確認しましょう。時効が成立している期間に関しては、残業代の支払い義務はなくなります。しっかり確認することで、支払う残業代の金額を減らせる可能性があるのです。
2.残業を許可していない、禁止していた
会社として残業を禁止している場合や、残業に上司の許可がいる場合には、残業が発生していないという主張ができることも。ただし、残業を禁止するというだけでは反論は成立しません。勤務時間内に終わらなかった業務に関して、管理職に引き継ぐなどの具体的な処理フローまで指示しておく必要があります。
注意が必要なのは、従業員が残業しているのを知りながら指導を行わなかった場合や、業務時間内では終わらない量の仕事を命じている場合です。これらの場合には、残業を黙認していると判断され、残業代が発生してしまいます。
3.管理者であるため残業代が発生しない
労働基準法での「管理監督者」にあたる場合には、労働時間等に関する労働基準法が適用されないので、残業代を支払う義務がないと主張できます。労働基準法上で「管理監督者」であると認められるのは、以下のような場合です。
・従業員が会社の経営に携わっていること
・出退勤に関して自己裁量があること
・労務管理を受けていないこと
・立場に見合うだけの給与を受け通っていること
「管理監督者」であっても、深夜労働に対する割増賃金は払う必要があるので注意しましょう。
ただし、権限や給与の状況に応じて、違法扱いをしている「名ばかり管理職」とみなされる場合もありますので、「管理監督者」の扱いは慎重に進めましょう。
4.固定残業代制度・みなし残業代制度を導入している
「固定残業代」「定額残業代」「みなし残業代」などの名目で固定の残業代を支払っている場合には、残業代はすでに支払済みとの主張ができます。ただし、就業規則や契約書に基づいて、固定残業代やみなし残業代制度が法律上有効である(残業代に相当する賃金を支払っている)と判断できることが前提です。
注意すべき点は、制度を取り入れているからといって、残業代を全く払わなくて良いというわけではないという点です。従業員の実際の残業時間と照らし合わせて、定められている残業時間を超えている場合には、その分の残業代は払わなければなりません。
未払い残業代請求を予防するためのポイント
未払い残業代を従業員から請求されないためには、日頃から予防策を講じておくことが大切です。企業が取り組んでおくべきポイントを解説しますので、参考にしながら取り入れてみてください。
1.就業規則を定め、従業員に周知する
法律で作成が定められている就業規則。就業規則を作っておくことは、企業を守ることにもつながります。従業員に対して、賃金に関する規定を明確に示すことで、残業代請求を防ぐことができるのです。
ポイントは、作成するだけでなく、全従業員に対して周知しておくこと。具体的な周知方法としては、食堂や休憩室などの社員の目に留まりやすい場所に掲示する、社員全員に配布する、パソコンからいつでも閲覧できるようにしておくなどの方法があります。
2.就業規則で残業命令に関する項目を定めておく
企業が残業命令を行える旨を就業規則に明記しておきましょう。また、従業員が残業する際には、残業時間や残業理由などと合わせて、所属長などに事前申告を行う規則を定めておくのも効果的です。早朝出勤や残業などの時間外勤務について、承認を得なければ行えないよう管理を徹底することで、残業代請求を防げます。
3.従業員の労働時間の管理を行う
企業側が、従業員の業務開始時間と終了時間を管理できる体制を整えておくことも重要です。
残業代請求で裁判になった場合、タイムカードは大切な証拠となります。タイムカードなどで労働時間の管理を行っていなかった場合には、従業員が個人的に記録した残業時間が裁判で認められてしまうことがあるのです。タイムカードや勤怠管理システムなどを使って、客観的に労働時間を管理できる方法を取り入れましょう。
また、労働時間管理の際にExcelや紙のタイムカードを利用している企業も多いと思いますが、リアルタイム管理ができるクラウドシステムの導入も検討することをおすすめします。
4.みなし残業手当を明確にする
一定時間の残業を見込んで、あらかじめ残業手当を給与に含めて計算している会社は非常に多くあります。定めた範囲内の残業時間内であれば問題ありませんが、実際の労働時間がみなし残業時間を超えている場合には、追加で残業代が発生します。
また、制度が適正に運用されていないと、万が一裁判になった際にみなし残業を認めてもらえない場合もあるので注意が必要です。基本給とみなし残業代を区別して給与明細に記載する、みなし残業時間を超えた分の賃金を別途支払うなどの対策を行っておきましょう。
ボーナスではなく、毎月の給与に残業代を反映させる
残業代を毎月支払うのではなく、ボーナスを増やすことで対応しようと考える会社もあるでしょう。しかし、万が一裁判になった場合には、毎月の給与を元にして割増賃金を算出されるため、未払い残業代請求の対策を目的としたとしたボーナスの増額は全く意味がありません。「残業代をボーナスで支払っている」という主張は一切認められないので覚えておきましょう。
5.管理監督者を明確化し、手当を支給する
会社側が管理監督者に当たると考えていても、労働基準法上認められないこともあります。予防策の一つは、管理監督者に当たる人を明確化しておくことです。もう一つは、管理監督者に当てはまらないと判断された場合に備えて、あらかじめ保険をかけておくこと。例えば、役員手当の一部を、残業代みなし手当としておくなどの方法があります。
取り組みに応じて、企業は対応策の検討が必要です。社会保険労務士法人中込労務管理では、企業の状況に応じてご提案をさせていただいておりますので、お気軽にご相談ください。
未払い残業代請求についてのご相談は社会保険労務士まで
従業員からの未払い残業代の請求は、企業にとって大きな負担になりかねません。民法改正で未払い残業代請求権の消滅期間が延長されたことによって、残業代を請求する従業員がさらに増加することも考えられます。正しい知識を身につけて、今できる対策を行いましょう。
今回解説した「未払い残業代請求」について、少しでも難しいと感じられた場合には、専門家へ相談することをおすすめします。特に、残業申請制度の導入や、労働時間管理に関して就業規則整備を進める場合、自社だけで進めると問題点や課題に気付かないこともあります。社会保険労務士法人中込労務管理では、未払い残業代請求に詳しい専門家が対応させていただきますので、お気軽にお問い合わせください。
人事と労務管理の専門家として、これまで各業種の企業さまへさまざまなサポートを提供してまいりました。顧問企業がお困りの際に「受け身」でご支援を行うだけではなく、こちらから「積極的に改善提案を行うコンサルティング業務」をその特色としております。人事労務にお悩みのある企業さまはもちろんのこと、社内環境の改善を目指したい方、また問題点が漠然としていてご自身でもはっきり把握されていない段階であっても、お気軽にお問い合わせいただけましたら幸いです。
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