濫用的な年次有給休暇申請への対処法|時季変更権についてくわしく知ろう
- 2022.03.01 コラム
山梨を中心に、企業の労務管理を支える社会保険労務士法人中込労務管理です。今回は「年次有給休暇を濫用的に申請された場合の対処法」について解説します。
今まで労働者からの年次有給休暇申請で困ったことはありませんか?
年次有給休暇取得希望日の直前に申請されたり、まとまった年次有給休暇を申請されたりすると、事業運営に影響が出てしまうこともありますよね。
そのような場合でも企業は、労働者からの年次有給休暇申請を受け入れなければならないのでしょうか。
本稿では、濫用的な年次有給休暇申請に対処するために知っておきたい「時季変更権」について、具体的なケースを例に挙げながらわかりやすく説明します。
労働者とのトラブルを防ぐためにも、ぜひ参考にしてください。
目次
年次有給休暇の趣旨とそれに関する権利
まず、年次有給休暇の趣旨とそれに関する権利について確認しておきましょう。
<h4>年次有給休暇の趣旨</h4>
年次有給休暇とは、法定休日や所定休日とは別に、心身の疲労を回復させるために設けられている休暇制度です。
一定の期間継続して勤務した労働者に対して与えられ、取得できる日数は勤務期間によって異なります。労働者が年次有給休暇を利用して仕事を休んだ場合、休んだ分の賃金が減額されない仕組みになっています。
この年次有給休暇の制度については、2019年4月より、働き方改革の一環として法改正が行われています。
内容につきましては、下記の記事で解説しておりますので、こちらもご一読ください。
【社労士が解説】年次有給休暇の取得義務(働き方改革)とは?
年次有給休暇に関する権利
年次有給休暇制度に関しては、
・労働者側の「時季指定権」
・企業側の「時季変更権」
という2つの権利が認められています。
その内容についても確認しておきましょう。
労働者がもつ「時季指定権」
年次有給休暇は、原則、労働者が希望する日に取得できます。労働者自身がいつ休むか決められる権利を「時季指定権」といいます。
年次有給休暇は労働者のリフレッシュが目的ですので、労働者が休みたいときに年次有給休暇を取得できる点に関しては納得しやすいのではないでしょうか。
企業側に与えられた「時季変更権」
いくら自由に年次有給休暇を取得できるからといって、労働者が休んだことで事業が正常に運営できなければ、企業としては困ってしまいますよね。
そこで企業側には、労働者が取得を希望した年次有給休暇取得日の変更を促せる「時季変更権」が認められています。
ただし、法的には労働者がもつ「時季指定権」のほうが強いです。労働者に年次有給休暇の取得日を変更してもらうためには、労働者の合意を得る必要がありますので注意しましょう。
年次有給休暇の濫用的申請とは
年次有給休暇の濫用的申請とは、問題のある年次有給休暇申請がなされることを意味します。
労働者が社会的常識の範囲内で年次有給休暇を申請していれば、とくに問題ありません。しかし中には、取得希望日直前になって年次有給休暇を申し出るなど、対応に苦慮するようなケースもあるようです。
そのような申請をされると、企業側としても年次有給休暇申請の受け入れに困ってしまうのではないでしょうか。
年次有給休暇は労働者に与えられた大切な権利ですが、その権利を濫用されると企業の事業運営にも大きな影響が出てしまいます。労働者とトラブルにならないためにも、企業側の対策が必要です。
濫用的な年次有給休暇申請へ対処するために知っておきたい「時季変更権」
労働者からの濫用的な年次有給休暇申請に対処するためには、企業側に与えられた「時季変更権」についてくわしく知っておく必要があります。
時季変更権を使える条件や、使うときの注意点などをみていきましょう。
時季変更権が使える条件
時季変更権が使えるのは「事業が正常に運営できないとき」です。労働基準法にも以下のように明記されています。
請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
引用元:労働基準法第39条第5項
時季変更権を使えるのかどうかを検討するときには、以下のような要素についても考える必要があります。
・事業所の規模
・年次有給休暇を申請した労働者が行う予定の業務内容・業務の種類
・業務の忙しさ
・代わりの人員を確保しやすいかどうか
・同時季に年次有給休暇を指定した労働者の数
・今までの労働慣行など
このような様々なことを考慮した上で、年次有給休暇申請の通りに休まれると事業が正常に運営できないと判断した場合には、時季変更権を行使できるといえるでしょう。
時季変更権の濫用は罰則対象
企業には時季変更権が認められていますが、この権利を濫用した場合には罰則対象となります。
時季変更権の濫用とは、たとえば以下のようなケースが考えられます。
・労働者の年次有給休暇申請に対し「その日は休んではだめ!」と受け入れを拒否し、一方的に日にちを変更させようとする
・労働者がレジャー目的で年次有給休暇を取得することを知り、時期を変更させようとする
企業側が時季変更権を濫用し、労働者の希望通りに年次有給休暇を取得させなければ「パワハラだ」「労働基準法違反ですよね?」とトラブルの種につながる可能性があります。
労働者から訴訟を起こされたり、罰則が課せられたりすることも考えられますので、時季変更権を行使する際は十分な配慮が必要です。
労働者の希望通りに年次有給休暇を与えなかった場合、労働基準法第119条により、企業側には6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられます。
時季変更権を行使する上での注意点
時季変更権を行使するときには「労働者が希望する年次有給休暇を取得させるために、企業としてどの程度努力したか」といったことがポイントになります。
というのも企業は、「できる限り労働者の希望通りに年次有給休暇を取得できるよう配慮しなければならない」と定められているからです。
そのための対策として、
・勤務のシフトを変更する
・代わりの人員を確保する
といった努力をしなければなりません。
このような努力をしたにもかかわらず、人員の調整が難しいケースでは、時季変更権が認められる可能性が高いです。
単なる人手不足を理由に時季変更権を行使することはできませんので、気をつけましょう。
こんな場面で時季変更権を行使できる?
ここからは、時季変更権が使える状況について具体的に紹介します。読み進める前に、1点知っておいていただきたいことがあります。
時季変更権が使えるかどうかは、本来案件ごとに判断すべきものです。そのため、ここで紹介するケースが、必ずしも時季変更権を使えるケースとして認められるものではないことを知っておいてください。
勤務開始直前に申請された場合
勤務開始日時の直前になって年次有給休暇の申請が行われた場合、代わりの人員確保が難しいケースもあるでしょう。そのような場合は、時季変更権を行使できると考えられます。
もちろん病気や事故などのような突発的なものなら、直前の申請になってしまっても仕方がありません。
しかし、そのような突発的な状況でもなく、また事前に申請ができたにもかかわらず直前まで申請しなかったという場合、労働者による時季指定権の濫用と言ってもよい事例だと思われます。
特定の業務を避ける目的で申請された場合
労働者が特定の業務を避けるために年次有給休暇を取得するケースも、時季変更権の行使を認められる可能性があります。
本来、年次有給休暇の取得は労働者の自由ですので、どんな理由であれ申請された年次有給休暇は認められます。
しかし、前述した通り、年次有給休暇の目的は「心身の疲労回復」です。その目的から大きく外れた年次有給休暇の申請は、労働者の就業拒否とも受け取れるでしょう。
繁忙期にもかかわらず、まとまった日数の年次有給休暇を申請された場合
繁忙期にまとまった日数の年次有給休暇を申請されると、事業の運営が難しくなってしまうことが予想されます。
そのため、事業が正常に行えないことを理由に、時季変更権を使えるケースもあるでしょう。
ただし、
・有給休暇が時効消滅してしまう場合
・退職が決まっており、在職日数よりも年次有給休暇日数の方が多い場合
などについては、時季変更権を行使できませんので、気をつけてください。
濫用的な年次有給休暇申請に対して、時季変更権が使えるのかどうかを具体的に紹介しました。
時季変更権の行使については、案件別に検討する必要がありますので、自社での判断は難しいもの。そんな場合には、専門家の力を借りるのもひとつの方法です。
社会保険労務士法人中込労務管理では、個々の案件に応じてご提案をさせていただいておりますので、ぜひご相談ください。
年次有給休暇取得に関するルール作りが必須
年次有休暇をめぐって労働者とトラブルにならないためにも、あらかじめルールを作り、就業規則などに明記しておくことが大切です。
ルールを作るうえでポイントとなるのが、
・年次有給休暇を申請する時期
・時季変更権を周知させること
の2点です。
申請時期について
労働者が休むと、事業運営になんらかの影響が出ることは否めません。
しかし、年次有給休暇の申請日から取得日までにある程度時間があれば、企業側としても対応しやすくなるのではないでしょうか。
そこで「年次有給休暇の申請は、取得日の○日前までに行う」という具体的な日数を設定することをおすすめします。
どのくらい前に設定するのかは、企業の状況によっても異なるでしょう。一般的には、2日前くらいまでとしておくのが適当だと考えられます。
年次有給休暇取得日よりもかなり前までに申請しなければいけない設定にすると、企業としては対応しやすいですが、労働者がルールを守らなくなる可能性も出てきます。
労働者が守りやすいルールを作ったうえで、前もって予定している休みに対しては、できるだけ早く申請するよう求めるとよいでしょう。
そのため、現実的に労働者が守れる程度の日数で設定するのが理想です。ルールができたら、就業規則に定め、従業員に周知させるようにしてください。
時季変更権について
労働者への周知を目的に、就業規則に時季変更権に関する内容を明記するのもおすすめです。労働者にあらかじめ「年次有給休暇の取得を希望する日を変更いただく可能性がある」旨を知らせておくことで、トラブルを防げるかもしれません。
もちろん就業規則に明記したからといって、時季変更権が自由に使えるようになるわけではありませんので、その点には注意してください。
まとめ
年次有給休暇は、労働者が自由に取得できる休暇制度です。しかし「労働者に休まれると困ってしまう……」という企業側の声も聞かれます。
企業としては「時季変更権を行使したい」と考えるケースもあるのではないでしょうか。時季変更権を行使するときには、ここでご紹介したような様々な要素をしっかりと検討し、慎重に判断することが大切です。
企業によっては「このケースで時季変更権を行使できるのかどうかわからない……」と頭を悩ませていることもあるでしょう。
「労働者からの濫用的年次有給休暇申請への対処法として、時季変更権が行使できるのか」について、少しでも難しいと感じられた場合は、専門家へ相談することをおすすめいたします。
社会保険労務士法人中込労務管理では、年次有給休暇にくわしい専門家が対応させていただきますので、お気軽にご相談ください。
人事と労務管理の専門家として、これまで各業種の企業さまへさまざまなサポートを提供してまいりました。顧問企業がお困りの際に「受け身」でご支援を行うだけではなく、こちらから「積極的に改善提案を行うコンサルティング業務」をその特色としております。人事労務にお悩みのある企業さまはもちろんのこと、社内環境の改善を目指したい方、また問題点が漠然としていてご自身でもはっきり把握されていない段階であっても、お気軽にお問い合わせいただけましたら幸いです。
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