経歴詐称の社員を解雇したい!判断の基準や企業がとるべき対策とは
- 2022.07.27 コラム
山梨を中心に企業の労務管理を支える社会保険労務士法人中込労務管理です。今回は「経歴詐称の社員を解雇できるのか」について解説します。
「経歴詐称が疑われる社員がいるけれど、企業としてどのように対応すればよいのかわからない」とお困りの方はいらっしゃいませんか?
また、経歴詐称の社員がいた場合、解雇できるのかどうか知っておきたいとお考えの方もいらっしゃるでしょう。
本稿では、経歴詐称の社員に対する対処法をわかりやすく解説します。記事後半では、経歴を詐称している人を採用しないポイントもお伝えしますので、ぜひご一読ください。
目次
経歴詐称によって企業は不利益をこうむることも!解雇できる?
もし経歴詐称をした人を採用してしまうと、期待していた働きぶりと異なる、想定していたように成果が出ないなど、企業に不利益が生じることも考えられます。
そのようなリスクを避けるためにも、「自社に経歴詐称をした社員がいたら解雇したい」と考えている方もいることでしょう。
そこでまず「経歴詐称を理由に解雇できるのかどうか」について解説します。
経歴詐称を理由に社員を解雇できる?
経歴詐称を理由に社員を解雇することは可能です。
民法第1条2項には「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定されています。これは「信義誠実の原則」と呼ばれるもので、社会生活において相手との信頼関係を大切にし、それに基づいて誠実に行動すべきだと定めたものです。
企業と応募者が労働契約を結ぶときも、この信義誠実の原則に基づいた行動が必要だと考えられます。つまり応募者には、自分の経歴を詐称することなく、誠実に申告することが求められています。
これに違反する経歴詐称という行為は、企業秩序を乱すものとして判断されるため、一般的には、企業は解雇することができるのです。
しかし、実際に解雇するには要件が定められています。この後くわしく解説していきます。
経歴詐称の社員は解雇すべき?
社員の経歴詐称が発覚したとしても、一概に解雇すべきとは言えません。特に経歴詐称の内容が直接業務に影響しない場合は、解雇の妥当性は低く解雇が認められる可能性は低いでしょう。
たとえば、「学歴不問」で募集されていた仕事に採用された人が、学歴詐称をしていたケースがこれにあたります。
そもそもこの場合の求人では学歴を問うていません。業務を遂行するために企業が学歴を重んじていないと推測されるため、学歴を詐称していたとしても採用にそれほど影響を与えなかっただろうと考えられます。
また、経歴詐称をしていた社員が企業にとって有用な人材として活躍している場合も、直ちに解雇すべきとは言えません。
その社員を解雇したことによって、逆に企業が不利益をこうむることも考えられます。このように、経歴詐称をした社員であっても雇用を続けたほうが、企業にとってメリットがあるケースもあるのです。
解雇理由となり得る経歴詐称の内容
解雇の理由となり得る経歴詐称として、以下の4つがあります。
・学歴
・職歴
・資格・免許の取得歴
・犯罪歴
それぞれの具体的な内容についてみていきましょう。
学歴
特に新卒採用時よくみられるのが学歴の詐称です。具体的には以下のような内容があります。
・高卒なのに大卒と偽る
・出身大学を偽る
・学部や学科を偽る
・中退なのに卒業と偽る
・浪人や留年の事実を隠す
このように一般的には高学歴にみせようとする学歴詐称が多いです。しかし場合によっては「大卒なのに高卒と偽る」ケースもあり、こちらも学歴詐称にあたります。
職歴
中途採用の際に多くみられるのが職歴の詐称です。具体的には以下のような内容があります。
・実際には働いていないのに「働いていた」と申告する
・仕事をしていない期間を在職期間に含める
・派遣や契約社員だったのに正社員と偽る
資格・免許の取得歴
資格や免許の取得歴とは、実際には保有していない資格や免許を「もっている」と申告することです。具体的には以下のような内容があります。
・実際にもっている級よりもレベルの高い級をもっていると偽る
・過去不合格となった資格試験に合格したと偽る
犯罪歴
犯罪歴詐称とは、有罪判決が下された犯罪について虚偽の申告をすることです。なお、不起訴処分になった件や、起訴猶予で釈放された件などに関しては申告の義務はありません。
社員がこれらを申告していなかったとしても詐称にはあたりませんので、知っておいてください。
経歴詐称発覚時期別|企業が気を付けるべきポイント
発覚時期によって経歴詐称への対応方法はかわるのでしょうか?ここでは3つの段階にわけて、企業が気を付けるべきポイントをお伝えします。
内定段階
内定段階で経歴詐称が発覚した場合、企業は内定の取り消しを検討することになるでしょう。ただし、経歴詐称が発覚したからといって必ずしも内定を取り消せるとは限りません。
というのも内定段階は、始期付解約権留保付で労働契約が成立している状態です。始期付解約権留保付とは「労働契約開始時期は決まっているものの、それまでにやむを得ない事由が起こった場合にはその契約を解約できること」を意味します。
実際にはまだ働いていない内定段階でも、労働契約が成立している以上、安易に内定を取り消すと濫用的解雇にあたってしまいます。
経歴詐称をした内定者の内定を取り消すには、詐称の内容が内定取り消しに相当することなのかを慎重に判断することが大切です。内定取り消しを決めたら、すみやかに通知を送りましょう。
試用期間中
試用期間中に経歴詐称が明らかになったら、企業は本採用拒否とするかどうかを検討することになります。
使用期間中とは、すでに働いているものの本採用ではない状態。内定段階と同じように、始期付解約権留保付で労働契約が成立しているため、本採用拒否とする判断も慎重に行う必要があります。
解雇権の濫用とみなされないためにも、客観的な情報から判断することが大切です。
本採用後
本採用後に経歴詐称が発覚した場合は、解雇を含めたさまざまな処分が検討されます。前述しましたように、経歴詐称を理由に解雇する場合には、経歴詐称の内容が解雇に相当するものなのかといった根拠を客観的に示すことが必要です。
本採用後に解雇するには、内定取り消しや本採用拒否の際に求められる根拠よりも厳しいものが要求されます。
経歴詐称が原因となる内定取り消しや本採用拒否、解雇は、労働者とトラブルになりやすい事案です。社会保険労務士法人中込労務管理では、企業の実情に合わせたご提案をさせていただいております。お困りの際はぜひお問合せください。
社員の経歴詐称が疑われる場合|企業が取るべき対応策
もし社内に経歴詐称をしているかもしれない社員がいたら、どのように対応したらよいのか悩んでしまうことでしょう。社員とトラブルにならないためにも、きちんと段階を踏んで事実を明らかにする必要があります。
ここからは、経歴詐称が疑われる社員がいる場合の対応策をステップ方式で解説します。
【ステップ1】事実関係の調査・資料の収集
社員の経歴詐称が疑われる場合は、まず事実関係を徹底的に調査します。詐称が疑われる内容を確認し、詐称の内容が採用や給与などの雇用条件に影響したのかなどを調べます。
採用時に詐称内容をどの程度考慮したのか、採用段階で詐称内容に気付けなかったのかなどについても明らかにしてください。
これらを客観的に示すためには、採用時に提出された書類や採用面談時の記録などが役立ちます。採用時にさかのぼって資料を収集しましょう。
加えて、採用後の勤務態度や社内評価、成績なども調査しておきます。
【ステップ2】弁明の機会を付与
事実関係の調査で経歴詐称が否定できない場合は、弁明の機会を設け、従業員本人から事情を聞きます。故意による詐称なのか、単なる書き間違えや言い間違えであたかも詐称のようになっているのかによって、処分が大きく変わってくるからです。
弁明機会を付与する方法には、面談と書面の2タイプあります。経歴詐称が疑われるケースでは認識の食い違いを最小限にするため、従業員から直接事情を聞くことが必要です。そのため書面で弁明機会を与えるのではなく、面談の場を設けるようにしましょう。
面談での会話は処分を決定する際の根拠となります。録音や録画、議事録などで客観的に記録しておくのがおすすめです。
【ステップ3】処分を決定
処分を判断するための材料がそろったら、いよいよ処分を決定します。解雇するのかしないのか、解雇しない場合はどのような処分が相当なのかを客観的に判断することが大切です。
解雇しないケースでも、経歴詐称を社内に公表したり減給したりといった処分も考えられます。ほかにも、今までに増額した給料から損害賠償を支払わせるといった処分を下す企業もあるようです。
経歴詐称を理由に解雇する際の注意点
経歴詐称を理由に労働者を解雇したいと考えている場合、注意しなければならないことがあります。正しい知識をもたず安易に解雇の処分を下してしまうと、企業が大きなリスクを負うことにもなりかねません。
ここからは解雇する際の注意点を解説していきます。
解雇には2種類あること
「解雇」とひと口にいっても、手続きや要件などによっていくつかの種類があります。中でも経歴詐称に関する解雇で大切なのは「普通解雇」と「懲戒解雇」の2種類です。それぞれの違いを知っておきましょう。
解雇の理由 | 制裁の性質 | 就業規則 | |
普通解雇 | やむを得ない事由 | なし | 規定がなくてもOK |
懲戒解雇 | 労働者が行った企業秩序を乱す行為 | あり | 規定が必要 |
ただし、就業規則で規定しているからといって、必ずしも懲戒解雇が認められるわけではありません。懲戒解雇が認められるのは、その経歴詐称が労働契約を結ぶ際の決め手となったような「重大な経歴の詐称」とされています。
解雇の妥当性の判断基準
経歴詐称による解雇が妥当かどうかを判断する基準には、以下の2つが挙げられます。
・経歴詐称の内容がどの程度採用に影響したのか
・経歴詐称をしたことで企業秩序が乱されたと言えるか
今までにも、経歴詐称による解雇をめぐる裁判が多く起こされています。過去の裁判でも上にあげた基準をベースに解雇の妥当性が判断されています。
ですが、実際に解雇が有効かどうかは個別に判断されるため、明確かつ具体的な基準がないのが現実です。
とはいえ上に挙げた点は、企業が労働者の処分を判断するときの重要なポイントとなり得ます。これらの内容を踏まえた上で慎重に検討することが必要でしょう。
解雇できないケースがあること
経歴詐称の労働者を解雇したいと思っても、解雇できないこともあります。以下にその例をまとめました。
・業務に直接関係しない内容の詐称
・求人情報で学歴条件を明記していない場合の学歴詐称
・経歴詐称は事実だが、企業に大きく貢献している場合
・面接時に企業が直接確認していない内容の詐称
このように、経歴詐称が採用や業務に影響していると判断できないケースや、入社後活躍し成果を上げているケースでは解雇が認められないこともあります。
また、面接時に企業が十分に質問をしなかった内容に関しての詐称は、解雇が認められないケースがありますので、注意が必要です。
経歴詐称と懲戒解雇をめぐる裁判例
先ほど、経歴詐称による解雇をめぐる裁判は多く起こされてきたとお伝えしました。その一例として、経歴詐称と懲戒解雇をめぐる裁判例に焦点をあてて紹介します。
どのような理由で懲戒解雇が認められたのか、もしくは認められなかったのかに注目して読んでみてください。
学歴詐称で懲戒解雇が認められた裁判例(正興産業事件/浦和地裁川越支部 平成6年11月10日判決)
こちらは、高校中退を偽り高校卒業として自動車教習所の指導員になった者が懲戒解雇となり、不服を申し立てた裁判です。労働者はその無効性を訴えましたが、以下のような理由で懲戒解雇が認められました。
・自動車運転についての指導的立場を考えると、指導員の学歴は職務に関する適格性や資質を判断する重要な要素だと考えられる
・高校中退であることを知っていたら、企業は採用しなかったと考えられる
学歴詐称で懲戒解雇が認められなかった裁判例(西日本アルミニウム工業事件/福岡高裁 昭和55年1月17日判決)
高卒以下の学歴の者を採用したいと考えていた企業が、大卒であることを隠して入社した者に対し懲戒解雇の処分を下しました。裁判ではその妥当性が争われましたが、以下の理由で懲戒解雇は無効と判断されました。
・採用条件として学歴を明示していなかった
・面接時に企業が学歴の確認を行わなかった
・勤務においてなんら問題がなかった
職歴詐称で懲戒解雇が認められた裁判例(メッセ事件/東京地裁平成22年11月10日判決)
こちらは、アメリカで経営コンサルタントの経験があると経歴を詐称した者が懲戒解雇とされ、その妥当性をめぐって争われた裁判です。この裁判では以下のような理由で懲戒解雇が認められました。
・アメリカで経営コンサルタントの経験がなかったら、企業は採用しなかったと考えられる
・労働評価に直接かかわる事項を詐称している
・経歴詐称が労使間の信頼関係を壊すものである
職歴詐称で懲戒解雇が認められなかった裁判例(地位確認請求事件/岐阜地判平成25年2月14日判決)
パチンコ店のスタッフとして採用された者が、採用直前に風俗店で働いていたことを履歴書に記載していなかったとして懲戒解雇されました。この裁判では以下のような理由で懲戒解雇が認められませんでした。
・経歴詐称の内容が実際の業務にそれほど支障をきたしていないと考えられる
・企業秩序が乱されたとしても程度が軽微である
・労働者の勤務態度に問題が認められない
経歴を詐称した人を採用しないためにできること
経歴詐称に関するトラブルを防ぐためには、採用時がポイントです。ここからは経歴を詐称した人を採用しないために、企業が心がけることをお伝えします。
応募条件を明示する
経歴を詐称した人を採用しないためには、求人情報に応募条件を明示しておくことが大切です。応募条件で学歴や職歴を明らかにしていれば、採用にあたってそれらを重視していることがアピールできます。
採用において企業が重視している内容を詐称した場合、企業秩序を大きく乱す行為であると認められる可能性が高まります。
また、それらが採用の決め手となることが明らかであるため「学歴や職歴などの詐称が懲戒解雇とする合理的な根拠である」と認められやすくなるでしょう。
選考時の提出書類を見直す
経歴の詐称を防止するために、提出書類の見直しを行うのもひとつの方法です。
選考に際し、履歴書や職務経歴書の提出を求めているケースは多いでしょう。しかしそれだけでは経歴詐称を防止する効果は弱いと考えられます。それらの書類に加え、前職の退職証明書の提出を求めてみてはいかがでしょうか。
履歴書や職務経歴書は本人が記載するものであるのに対し、退職証明書は前職の使用者が用意するものです。つまり退職証明書では労働者本人が自身の経歴を詐称できないため、信頼できる情報源となり得るのです。
本人からの情報だけに頼らず、さまざまな観点から選考すれば、経歴を詐称した人を採用しないですむ可能性が高まります。
面接時に具体的な質問をする
先ほど解雇できないケースとして「面接時に企業が直接確認していない内容の詐称」を紹介しました。
実は労働者には「あらゆることを申告しなければならない」という義務はありません。企業が積極的に質問しなかった事項に対しては、労働者に申告しなかった責任を問うことはできないのです。
企業が採用において重きをおいているポイントについては、具体的に質問をし、本人にしっかりとその内容を確認しておくことが大切です。
リスク回避のために就業規則を確認!不安な方は専門家に相談を
社員の経歴詐称が発覚したら、感情的になってしまい、「すぐに解雇したい!」と思う方もいるかもしれません。しかし経歴詐称による解雇には、処分の合理性を主張できるような客観的な根拠が必要です。
具体的には「経歴詐称がなければ採用しなかったか」という点が判断の基準となります。解雇した元社員とトラブルにならないためにも、慎重な判断が必要です。
企業秩序を乱した労働者に対し、懲戒解雇にしたいと考える方もいるでしょう。しかし懲戒解雇の処分を下すには、就業規則にその旨が規定されていることが必須です。
自社の就業規則には、懲戒解雇の事由が定められているでしょうか。リスク回避のためにも今一度確認してみてください。
「就業規則のことがわからない」「この内容で大丈夫なのだろうか」など不安なことがある場合は、専門家に相談するのがおすすめです。社会保険労務士法人中込労務管理では、労働問題に強い専門家が対応させていただきます。ぜひお気軽にご相談ください。
人事と労務管理の専門家として、これまで各業種の企業さまへさまざまなサポートを提供してまいりました。顧問企業がお困りの際に「受け身」でご支援を行うだけではなく、こちらから「積極的に改善提案を行うコンサルティング業務」をその特色としております。人事労務にお悩みのある企業さまはもちろんのこと、社内環境の改善を目指したい方、また問題点が漠然としていてご自身でもはっきり把握されていない段階であっても、お気軽にお問い合わせいただけましたら幸いです。
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